2015年11月06日

地球の中華そば at 神奈川県横浜市中区長者町2-5-4

地下鉄を出ると、いかにも秋らしい薄めの流れる雲を処々幔幕に描いたような空が顔を出す。

湖国から乗車率95%越えの新幹線に乗って赴いた。まったく、平日なのにこの混みよう。しかも周囲はほとんどスーツを着込んだ大人達だ。こちらは久しぶりの休暇を楽しみたいものを無粋な連中だ、と内心悪態をつき乍ら予約しておいた窓際席に座った。しかも話す内容と言えば、どうしてこう会社の問題と部下(後輩)の使え無さを吐くのだろう。問題のない会社などないし、そもそも能力に溢れた部下なら、お前の下に居るはずがないではないか、と、発売になったばかりのTRY本を片手にエア説教を垂れていたら、いつの間にか新横浜に着いた。

そこから乗り換えるわけだが、市営ブルーラインという案内が見える。地下鉄で行くはずだが、ブルーライン?そもそも市営だっけ。横浜に住んだこともあるのに全く勘が鈍っていた。ま、表向きは横浜と言いつつ、住んでたのは川崎なんだけど。
DSCN9348.JPG

やはり秋空は気持ちがいい。

DSCN9351.JPG

開店20分前に眼目の店に着いた、前には5名程。昨日の今日だからどうなることかと思ったが、常識の範囲内の待ちに安心する。田舎者には敷居が高い関内界隈も昼は車が忙しく行きかうオフィス街の顔だ。そもそも関内は界隈の居住地に由来したはずで、関西関東も結局は関所の西と東に分けた名称だった。要はペリー来航まで遡る地名をひたすらに使い続ける繁華街に来る手段がブルーライン、という妙にしっくり来ないものだなと思っている間に開店した。

DSCN9363.JPG

隣は本場カレー、向かいは10Fのマンションという場所。みた感じから、ビル格はさして良くない。隣接する建物も近く、移動看板やら越境しそうな距離ではある。上に住民の方が居るようだ、海老は大丈夫だろうか(特に海老の香りは衣服に残る)、と要らぬ勘繰りをしながら、そろそろの順に入店していく。

DSCN9352.JPG

新店なので新しい暖簾のなのだが、これがハマの風と共に人の息遣いも吸っているのが目に浮かぶ。ネーミングで遊ぶ店もある、おそらくはその程度の思い入れなのだろう。この暖簾は、一滴残らず汲みとってみたい、と思わせる。

DSCN9354.JPG

券売機は入ってすぐ左のひばりポジション。塩など各部門で選ばれたとは聞いたが当然つけ麺を選択した。"塩で名を馳せた店が世に問う麺の美味さとはいかに"。
店の薀蓄と対峙する。香辛料と共に刮目するのは台拭きは皿の上にあること。これひとつとっても、何か伝わってくる。”本質は細部に宿る”、これな。

千思万考の渦で微睡めたのは、機敏に動く店主氏と奥様だろうか。奥にも厨房があり、其処から時折顔を出すスタッフも所作に寄るところが大きい。何も全員が"世界を変える!"だとか"ラーメンに一番熱い仲間です"といきり立たなくて良い。当たり前の事を当たり前にする、これが空気をつくるのだ。ゴミがあったら拾う、少し待たせたら、声をかける。実際、器を整理して少し音が出たり、麺が出てからつけ汁が出る前に少し時間があったりした。店が生き物である以上、小さな物を含めたらミスが起こらない日はないだろう。問題はその後、瞬時にどう対応するか。その当たり前は一切の隙間なく出来ていたと断言出来る。そういった事は修行されたちゃぶ屋で万事、経てこられたのだろう。

何も起こらなかったかの如く、店内の空気は穏やかに流れていた。
さて、来たる一杯はまずは麺、程無くしてつけ汁が運ばれてきた。
DSCN9358.JPG

海老薫る塩つけそば(海老雲呑入り)
えぐちに似た器だが、ちょっと種類が違うようだ。真白に一直線のラインが潔い。つけ汁の表情を覗くと、やや厚めの油の下に具が垣間見える。浮かんだあられに、強直なだけではない柔和な奥行きが想像できる。外連味の無い塩ダレ、くっきりと輪郭が見えながら海老のカラ押しではない深遠な味わい。ああ、一気にいかれた。何故に此れほど魅了するのか。

DSCN9356.JPG

低温調理されたであろう鶏のムネはしっとりと柔らかく、豚の三枚肉のチャーシューの脂は甘く舌を包み込む。メンマは増すべきだった、迂闊だった。店主の完成形を観たいばかりに、トッピング券を押さない自分を責め乍ら麺を啜った。

そうこの麺は自家製麺らしく、唇を滑らせるとキャタピラのように尖りが主張してくる。加えて、風味がかなり強い。昆布出汁に浸されていながらこの香りはどうだ。そうそう、昆布出汁に麺を浸したつけ麺は何度も食べたが、麺の半分以上が浸っていないものは初めてだった。昆布出汁に浸すデメリットとメリットを、しっかり見極めていたように思う。

見たもの、得たもの、考えたことをこの店で結実させたのだろうか。
DSCN9361.JPG

箸で摘まむとやや厚めの皮はちゅるんと濃艶に動く。この雲吞をして、内外に向けて実に説得力を見せつけている。この雲吞を作る工程や精度で、自分がスタッフなら背筋が伸びてしまう。時折、接客が伴わない店の話を聞くが何のことはない、それは商品が伴っていない、もっと言うなら客への心や労力が伴っていない事に尽きる。どれだけ美辞麗句を並べても冷凍庫から出された雲吞では御為倒しにしかならないものだ。

八雲も柴崎亭も神楽もワンタンで唸らされた。しかしがっぷりと押し合いに負けない重厚な創りのワンタンはどうだ、実に素晴らしいじゃないか。
DSCN9362.JPG

京都の人間はちゃぶ屋にいいイメージはない気がするけれど、模倣に堕さない志と実に精緻に創りこんだつけ麺は是非お勧めしたい。流石2015新人王、いや近年の新店でも首席に配置されるだろう。
途轍もなく広がりを感じさせる店に感嘆の声を出さねばなりますまい、リアルウマシ。


ラベル:つけ麺
posted by a certain Cue at 21:27| 神奈川ラーメン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
リンク集